逆流性食道炎について

はじめに

食事を食べると食道を通って胃に入ります。胃の中では、食物は胃酸と消化液が含まれる胃液によって消化され十二指腸に流れて行きます。食道と胃の境界には下部食道括約筋があり、その働きによって胃の内容物が食道に戻らないようになっています。しかし、様々な要因で胃酸の混ざった胃の内容物が食道側に流れてしまうことがあります。通常は食道の蠕動運動や唾液の嚥下によって速やかに胃内に戻されますが、頻回に逆流が生じたり胃酸が長時間食道内に滞留すると、食道には胃酸から守ってくれる粘液がないため食道粘膜に炎症が生じてしまいます。これが逆流性食道炎です。食事の欧米化、ピロリ菌感染の減少の他、日本人の胃酸分泌能が高くなっていることもあって、今後、逆流性食道炎は増加していくと考えられています。

症状

胸焼け、心窩部痛、胸痛、呑酸、げっぷ、の他に、咽頭つまり感、咳症状、嗄声などの症状が出ることがあります。

原因

“食道裂孔ヘルニア”は胃の一部が胸腔にずれ込んでいる状態のことで、胃酸が食道に流れ込みやすくなっているため逆流性食道炎を生じやすくなります。食道裂孔ヘルニアの成因には、肥満、喫煙や慢性的な咳症状などによる腹圧の上昇が関与しています。男性では30歳未満ですでに40%を超える頻度で食道裂孔ヘルニアを認めますが、その後、加齢による増加はみられません。一方、女性では30歳未満では軽微な変化を約30%に認めるに過ぎませんが、加齢とともに頻度は増加していき70歳代では男女差がなくなります。これは、女性では閉経後に生じる骨粗鬆症により圧迫骨折が起こりやすく、その結果生じる亀背などによって腹圧が上昇しやすくなることが影響していると考えられています。その他、唾液分泌の減少や食道の蠕動運動低下も逆流性食道炎が生じやすくなる原因となります。

診断

内視鏡検査を必ず受けて下さい。食道がん、心疾患、呼吸器疾患でも同じような症状を認めることがあります。自己判断で安易に薬物治療を行うとこれらの疾患の診断が遅れてしまうことがあり危険です。他には、レントゲン検査、24時間pHモニタリング検査、食道内圧検査などが行われることもあります。

治療①:日常生活の工夫

軽症の逆流性食道炎であれば日常生活を工夫するだけで良くなります。

◆食事に注意

高脂肪食、高タンパク食は控えます。高脂肪食を摂ると、消化のために分泌された消化酵素コレシストキニンにより下部食道括約筋が緩むため胃酸が逆流しやすくなります。高タンパク食は消化に時間がかかり、胃内の滞留時間がかかることで逆流しやすくなってしまいます。甘いもの、柑橘類、コーヒー・紅茶、香辛料、アルコール類も摂りすぎないようにします。

◆腹圧が上がらないようにする

過食や早食いはいけません。ゆっくりと食べ、腹八分目を心がけて下さい。肥満があれば減量して下さい。逆流性食道炎の症状がある人は、コルセットや着物など、腹部を締め付けるような着衣は着ないようにしましょう。また、食後、前屈の姿勢になると胃を圧迫してしまい逆流が起きやすくなります。重いものを持ち上げることでも腹圧が上がるので注意して下さい。

◆その他の工夫

食後は逆流しやすいため、食後2時間は横にならないようにしましょう。睡眠する前には飲食をしないよう注意して下さい。どうしても食後すぐに休みたい時には、リクライニングシートなどで上半身を起こした状態で休むようにしましょう。喫煙は逆流を起こしやすくなるため禁煙して下さい。

◆併用薬剤に注意

高血圧や心疾患などの治療薬の中には、下部食道括約筋が緩みやすくなるものがあります。新しく処方された薬を服用しはじめて調子が悪くなっているときには主治医と相談をして下さい。ただし、並存疾患の治療が最優先にはなるため自己判断での休薬は絶対にしないで下さい。

治療②:薬物治療

薬物治療には、症状がある時だけ服用する方法と予防的に服用を続ける方法(維持療法)があります。逆流性食道炎による不快な症状を週一回以上感じている方は、維持療法を受けられることをお勧めします。治療薬の中心は胃酸を中和する制酸剤になります。主なものには、プロトンポンプ阻害剤とH2ブロッカーがあります。また、消化管運動機能改善剤が用いられます。これは、胃の内容物の排泄を促進させ逆流を起こりにくくする目的です。その他、食道粘膜を守る粘膜防御剤が処方されることもあります。

治療③:外科手術

制酸効果の強い薬が開発され、外科手術が行われることは少なくなっています。しかし、高度の食道裂孔ヘルニアがあって逆流そのものが問題となる場合や、狭窄、食道がんなどの合併症があるときには外科手術が必要になります。

◆合併症

・バレット食道・食道がん

食道炎を何度も繰り返していると、食道粘膜が元々の「扁平上皮」から胃の粘膜に類似した「円柱上皮」に変化してきます。これがバレット食道です。バレット食道そのものを治療する必要はありませんが、食道がん(食道腺がん)の発生母地になると考えられています。症状が落ち着いていても定期的に内視鏡検査を受けて下さい。

・狭窄・出血

高度の食道炎を繰り返すと狭窄を生じてしまい食事が通りにくくなります。また、少量ずつ出血することで慢性貧血の原因になっていることがあります。

・その他

慢性的な咳症状、虫歯、睡眠障害の原因になることもあります。

終わりに

逆流性食道炎は生活習慣や加齢による影響を受けやすい病態です。制酸効果の強い薬剤の登場により重症の患者さんは少なくなっています。しかし、今後、我が国では逆流性食道炎の患者数は増加すると予想されており、これに伴って新たなタイプの食道がん(バレット食道がん)も増加していくと考えられています。制酸効果のある市販薬も販売されており誰でも手に入るようになっていますが、安易な治療ではなく医療機関でしっかりと管理してもらってください。