はじめに
腸内にいる細菌は何種類、何匹いるのでしょう?
細菌だから汚くて不要なものなのでしょうか?
私たちの腸の中には100種類から3000種類の細菌が存在していて、その数は実に100兆個から1000兆個、総重量は約1.5〜2kgになります。そして、私たちが排泄する便は食べた物の残渣と思われがちですが、約半分は腸内細菌かまたはその死骸によって構成されているのです。彼らの中にはいわゆる善玉菌も存在していて、私たちのさまざまな病気と深い関係があると考えられるようになってきました。
“フローラ”はローマ神話に出てくる“花と豊穣 と春の女神”の名前です。沢山の種類の腸内細菌が、お花畑のように腸内に棲息していることから“腸内フローラ”と呼ばれるようになったのです。
誰もが持っている善玉菌と悪玉菌
私たちの腸内にいる善玉菌と称されるものは、ビフィズス菌、乳酸桿菌、腸球菌などです。一方、悪玉菌と称されるものには、ウェルシュ菌、フラギリス菌、クロストリジウムなどががあり、これらの細菌も常在菌として誰もが持っています。その他、バクテロイデス、非病原性大腸菌、ユーバクテリウムなどの日和見菌と称される細菌が存在し、腸内環境によって善玉菌として振る舞ったり悪玉菌として振る舞ったりしています。健常人では善玉菌、日和見菌、悪玉菌がおよそ2:7:1の比率で存在していますが、加齢や食生活によってこの比率は変わってきます。
ヤセ菌、デブ菌の話
“食べてないのにすぐに太ってしまう。太る体質だから仕方がない”と先生に言うと、“そんなはずはない、食べ過ぎです”と怒られたと言う話はよくあることです。でも、実は腸内にいるヤセ菌、デブ菌のせいかもしれないのです。バクテロイデスがヤセ菌の一つ、ファーミキューテスがデブ菌の一つということが分かっています。このバクテロイデスやファーミキューテスは特殊な菌ではなく、誰もが持っている日和見菌の中の一つに過ぎません。他にもヤセ菌やデブ菌として働いているものが存在しているようですが全てはまだ分かっていません。ヤセ菌、デブ菌を使った実験があります。無菌マウス(無菌環境で飼育され腸内細菌を持っていないマウス)に、片方が肥満、片方がやせている双子女性から採取した腸内細菌を移植したところ、同量のエサを与えたにも関わらず肥満女性から採取した腸内細菌を移植されたマウスの体重が重くなったのです。私たちの腸内細菌が、いつ、どのようにして入ったのかは定かではありませんが、同じ家族内で親から子へ移ってしまう(感染する)可能性は高いはずです。太る体質というのは、実は、家庭内で感染したデブ菌のせいかもしれないのです。
痩せるためのキーワード“短鎖脂肪酸”
ヤセ菌がいるとなぜ痩せるのでしょう。その答えは、ヤセ菌が作る短鎖脂肪酸でした。短鎖脂肪酸は食物を腸内細菌が分解してできるもので、酢酸、酪酸、プロピオン酸などがあります。短鎖脂肪酸は、体内の脂肪細胞のインスリン感受性を低下させ、その結果、脂肪細胞への脂肪蓄積を抑制させます。一方、筋肉や肝臓ではインスリン感受性を増加させエネルギー消費を増加させてくれるのです。すなわち、体内の短鎖脂肪酸の量を増やせば痩せることができるのです。では、どのようにして短鎖脂肪酸を増やせば良いのでしょう。酢酸である酢をたくさん飲んだらどうでしょうか。ある程度の効果はあると考えられますが、外から摂取した酢は体内ですぐに分解されるため、効果は一時的なものに留まってしまいます。また、酢そのものを多量に摂取すると歯の表面のエナメル質を溶かしてしまう原因になってしまいます(酸蝕歯)。それでは、ヤセ菌そのものを取り込んではどうでしょう。残念ながら、ヨーグルトなどで取り込んだビフィズス菌やバクテロイデス菌は腸内に定住することはできません。ですから、効果は一時的なものに留まります。また、ビフィズス菌やバクテロイデス菌の菌株によっては効果が異なることもあります。最近、ある種の疾患の患者さんに対して健常者の便を移植する糞便移植/便微生物移植が行われています。この手法を用いて痩せている人の便を移植する方法も考えられますが、まだ安全性などの未解決な部分が残されています。
自分自身のヤセ菌を育てる
ヤセ菌の多くは日和見菌で誰でも持っているものです。ですから、一時的に取り込んで増やすのではなく、自分のヤセ菌を育てて増やせば良いのです。その増やす方法とは、ヤセ菌のエサとなる食物繊維をしっかりと取ってあげることなのです。綺麗なお花畑を作るためには花の種をまくだけでなく、毎日、水をやり雑草や害虫を取り除く作業を積み重ねる必要があります。私たちの腸内フローラも、綺麗に育てるためには毎日こつこつと努力していく必要があるのです。単にカロリー制限をするために食物繊維を取るのではなく、お腹の中の善玉菌やヤセ菌を育てるつもりで頑張ってみましょう。
腸内細菌といろいろな病気の関連
大腸がん、大腸炎、糖尿病、肝臓がん、アレルギー、慢性腎臓病、動脈硬化、多発性硬化症、自閉症など、腸内細菌といろいろな病気の関連があるのではないかと考えられています。まだまだ未知な部分が多く残されていますが、予防医学の観点からも若いうちから健常な腸内フローラを育てる努力をしておいて損のない話しだと思います。
おまけ:コアラの赤ちゃんはお母さんのウンチを食べて大人になる
ユーカリの葉っぱには強い毒成分が含まれるため、コアラ以外の動物は食べることができません。コアラがユーカリを食べても平気なのは、コアラが持っている腸内細菌がユーカリの毒を分解してくれるからなのです。しかし、赤ちゃんコアラにはこの腸内細菌が存在しないため、ユーカリの葉っぱを食べることができません。そこで、離乳期がくると赤ちゃんコアラはお母さんのウンチを食べることによって、ユーカリの毒を分解してくれる腸内細菌を手に入れているのです。